クサキョウチクトウ ー おいらん草

散歩の途中で・・・

7月下旬のある日、群馬県片品村の「尾瀬大橋」の近くを散歩していて、道路沿いのお宅の庭に、さまざまな濃さの紅色のあでやかな花が咲き乱れているのを見かけました。

家内に名前を尋ねたら、「カタカナで フロックスなんとか いう花」という返事。確信が無さそうだったので、写真を撮って帰宅後にいつもの Pl@ntNet で調べました。

そうしたら、フロックスは大正解で、 Phlox paniculata が学名または英語名、和名では「 クサキョウチクトウ (草夾竹桃)」、別名「 花魁草 (おいらんそう) 」。

花の美しさと別名の 色っぽさ にほだされて、簡単な紹介文をツィートしました 😄

1がTwitterに投稿した写真です。

図1:  草夾竹桃(クサキョウチクトウ)別名おいらん草

図1: 草夾竹桃(クサキョウチクトウ)別名おいらん草

日本に渡来した時代

クサキョウチクトウの原産地は北米とのこと。しかし日本に渡来した時代はよくわからないようです。ただ本草綱目啓蒙(1803) にすでに花魁草に関する記述があるそうです(注1)し、「おいらん草」という名前からも 江戸時代 には栽培されていたと思われます。

散文・詩歌の中のおいらん草

名前が名前なので小説や俳句などに出てくるんではないかと思い、検索語を「花魁草」「おいらん草」「草夾竹桃」として、次のような検索エンジンであたってみました。

古い順では

あくまで ざくっと 検索した結果です。もっと古い文献もありそうです。

  1. 長塚節 「土」 1910年(明治43)

    草夾竹桃 の花がもさ/\と茂った儘(まま)向日葵の側に列をなして居る「能(よ)くまあ かういに作つたつけな、俺(おら)もはあ、好きは好きだが自分ぢやそつちだこつちだで作れねえもんだ、此れまあ朝つぱら凉しい内に見たらどら程(ほど) えゝこつたかよ」おつたは濕(しめ)った手拭(てぬぐい)を幾つかに折って手に攫(つか)んだ儘(まま)、栗の木の側に置いた洋傘(かうもり)を窄(つぼ)めてゆつくりと家へ這入(はい)った。

  2. 徳田秋声 「黴」 1911年(明治44)

    石で組んだ井筒には青苔がじめじめしていた。
    傍に 花魁草 などが丈高く茂っていた。
     部屋はもう薄暗かった。

  3. 北原白秋 「桐の花」 1913年(大正2)

    わがゆめは おいらん草 の香のごとし雨ふれば濡れ風吹けばちる

ちょっと気になる作品

与謝野晶子 「落花抄」

石垣の おいらん草 の花ごしに瓜を見分くる湯の町の朝

この「瓜」はマクワウリ?おいらん草の紅色とその向こうにある黄いろのマクワウリの色合いを歌った短歌でしょうか。それとも「湯の町の朝」から連想(妄想?)すると泉鏡花の「瓜の涙」(1920)と関係あるのでしょうか。

若山牧水 「みなかみ紀行」

その道路沿いにもさびしい宿場町が続いていた。門口にはちょろちょろと澄んだ水が流れて、ダリヤ、 おいらん草 、松葉菊などの紅い草花が水のほとりに植えられてあった。

牧水は上州にいろいろ足跡があるので、場所は群馬かと思ったら富士の「裾野駅」でした 😄

それにつけても

こうした調べものが楽になりましたよね、ありがたいことです。

Footnotes:


  1. 確認しようと思いましたが、国会図書館の「本草綱目啓蒙」の画像イメージからは内容をキーワード検索することはできません。「草の部」と「木の部」の見出しを見る限り(大半の植物名は意味不明ですが 😓 )草夾竹桃とか花魁草らしい名前は見つかりません。本文中に別名で何かの記述があるかもしれませんが、それを見つけるのはネットではとても難儀です。 ↩︎

  2. 日本古典文学体系(岩波) を対象にした全文検索。大学内などからだけアクセス可能です。そのうち図書館で館内の端末またはWifiを使って調べてみます。 ↩︎