はじめに
ここでは財務諸表の注記の内、
使途等が制約された寄付等の内訳
をまとめる際に、どのようにLedger-cliが使えるかについて紹介します。
「使途等が制約された寄付等の内訳」の記述例
次のような形式、様式で記述することが求められています。
○ 使途等が制約された寄付等の内訳
使途等が制約された寄付等の内訳は以下の通りです。
当法人の期末正味財産○○○円のうち2,460,000円は
災害支援事業に使途等が指定された財産です。
したがって、使途が制約されていない正味財産は○○○円です。
内容 | 期首残高 | 当期増加額 | 当期減少額 | 期末残高 |
---|---|---|---|---|
災害支援 | 0 | 5,000,000 | 2,540,000 | 2,460,000 |
必要な情報を得る
表1のような表を書くためには:
- どの寄付や助成金が使途制約されているのかがLedgerポスティング内に記録されていること
- 使途制約のある資金(経常費用、資産など)の動きがきちんとトラッキングできること
が必要です。
タグを使います
「Ledger-cliによるNPO法人会計注記 – 役員及びその近親者との取引」でも述べましたが、ここでもLedgerの タグ付け機能 を使います。
- 寄付や助成金をポスティングする際、使途が制約または指定されている場合には、そのトランザクションに後日抽出キーワードとして使えるタグをつけておきます。
- たとえば、 タグ名 として
使途指定
、そのタグの 値 として災害支援
を与えるときは次のように書きます。; 使途指定: 災害支援
;
(セミコロン)の後ろに「使途指定」と タグ名 を書き、その後ろに:
(コロン)を付けます。これで「使途指定」がタグ名になります。コロンの後ろの半角スペースは必須です。その後ろに書かれた「災害支援」が タグの値 になります1。
使途指定された資産のために勘定科目を新設
使途制約寄付等の注記を書くときには、タグ付けに加えて次のように 使途指定
を 資産の下位科目 として設定しておくと、あとあと(期末になって)楽になります2。
資産:流動資産:現金預金:○○銀行:使途指定
具体的なポスティング例
ここから具体的な事例に沿ってポスティング例をあげます。
(1) ㈱グッドウイル社から、使途を災害支援に限定した寄付金 500万円がNPO法人のUFJ銀行に入金されました。
2022/09/01 ㈱グッドウイル
; 使途指定: 災害支援
経常収益:受取寄付金:使途指定 -5,000,000 円
資産:流動資産:現金預金:UFJ:使途指定
- 第2行目の
;
セミコロン以下がタグの設定です。 - 第3行目では
受取寄付金
科目の下位科目として使途指定
を設定しています。 - 第4行目では
資産
の現金預金
科目の下に銀行名UFJ
、さらにその下に使途指定
を設定3しています。 - この500万円が表1 の「当期増加額」欄に書き込まれます。
- この記事内でも通貨記号を 円 にしています4。
(2) 寄付された金額の内 300万円で被災者の支援物資を購入しNPO法人内にストックしました。
2022/10/15 ㈱支援物資販売店
; 使途指定: 災害支援
経常費用:事業費:その他経費:消耗品費 3,000,000 円
資産:流動資産:現金預金:UFJ:使途指定 -3,000,000 円
(資産:流動資産:被災者支援物資) 3,000,000 円
- 第4行目では 資産の下の
UFJ
科目の下に使途指定
科目を設けました。 - 第5行目では
被災者支援物資
の勘定科目に 丸カッコ をつけています。Ledgerでは丸カッコで囲んだアカウントは 仮想アカウント になります。仮想アカウントはポスティング内での金額計算に関係しません5。 被災者支援物資
は被災者に配布するためにNPO内にストックするので、流動資産
下の被災者支援物資
科目などにするのが一般的なようですが、そうすると経常費用
との関係が見づらいので、ここでは仮想アカウントにしています。
(3) ストック内の支援物資を現地に運搬し被災者に配布しました。
2022/10/25 ㈱日本運送
; 使途指定: 災害支援
経常費用:事業費:その他経費:通信運搬費 40,000 円
資産:流動資産:現金預金:UFJ -40,000 円
(資産:流動資産:被災者支援物資) -2,500,000 円
- 支援物資250万円分を被災者に配布した時点で仮想アカウントの
資産:流動資産:被災者支援物資
から250万円が減じられ、残高は50万円になります。
(4) 年度が改まった時点で、㈱グッドウイル社からの要望によって、寄付金の内 200万円の使途をこども食堂支援に切り替えました。
2023/04/01 災害支援からこども食堂支援に使途変更
資産:流動資産:現金預金:UFJ:使途指定 -1,800,000 円
; 使途指定: 災害支援
資産:流動資産:現金預金:ゆうちょ:使途指定
; 使途指定: こども食堂支援
- このポスティングは2023年度に属しますので、2022年度の内訳である表1には含まれません。
- UFJから200万円をゆうちょ銀行に移し、
ゆうちょ
科目の下に「こども食堂支援」のために使途指定
科目を設けました。 ゆうちょ
科目のポスティングの使途指定
タグの値にこども食堂支援
を設定しました。
注記のためのLedger使用例
この節では、見やすさのためにLedgerコマンドのオプションの一部(次の2つ)は省略しています。
- init-file 指定( eg.
--init-file INIT.DAT
) - Ledgerのデータファイル指定( eg.
-f LEDGER.DAT
)
コマンド出力を再現するときには適宜追加してください。なお以下の例で用いたトランザクションデータは こちらからダウンロードできます。
期首残高と期末残高
2022年度における災害支援を値としてもつ使途指定のある勘定科目の残高(balance)を取得します。
期首残高
(1) 期首(=2022/04/01)において、使途指定のタグがついてかつその値が災害支援である資産の残高を求めます。
$ ledger bal 資産 and %使途指定 --end 2022/04/02 --empty
- 期首における使途指定された資産の残高はゼロです。この金額が表1の期首残高欄に書き込まれています。
- Ledgerでは残高ゼロの勘定科目を表示するためには
--empty
オプションを使います6。 --end
で金額計算の 終期 を指定していますが、日にちは 2022/04/02 になっています。ちょっとややこしいのですが、Ledgerの公式マニュアル によれば--end DATE
は次のように説明されています。--end DATE Limit the processing to transactions before DATE.
- before DATEとあるので、終期の日付はその日を含まずその1日前を示します。したがって04/02と指定して04/01までの残高が表示されます。
- 一方
--begin DATE
はマニュアルでは ‘Limit the processing to transactions on or after DATE.’ です。つまり 始期 の日付はその日を含みます。何か意味があってこのような仕様になっているんでしょうが、いまだに時々間違えます😅
期末残高
(2) 期首から期末までの資産の変動および期末における使途指定タグのついた資産の残高を求めます。
$ ledger bal 資産 and %使途指定=災害 --begin 2022/04/01 --end 2023/04/01
- この金額が表1の期末残高に記入されています。
- 246万円の流動資産残高には、UFG銀行の残高=196万円と「被災者支援物資」の配布残=50万円分が含まれています。
資産以外のレポート例
NPO法人会計基準の「使途制約のある寄付等」に関する注記では求められているのは資産の動きですが、経常費用のbalanceレポート例を一つだけあげます。
(3) 2022年度の経常費用:事業費のbalanceレポート
$ ledger bal 経常費用 and %使途=災害 --begin 2022/04/01 --end 2023/04/01
今後の課題など
- 普段何気なく使っているLedgerコマンド、オプションにこまごまとした制約があって、それらを説明なしに使うと読者は惑乱世界に迷い込んでしまいます。そのために話がどんどん脇道に入り込み、脚注も増えてしまいました。
- Ledgerについて日本語で書かれた導入的でかつ網羅的な解説書があれば、細かいことはそちらにゆずることができたのですが・・・。
Appendix: NPO法人会計関係記事一覧
タイトル | 日付 |
---|---|
Ledger-cliでNPO法人会計 – 勘定科目にエリアスを使う | 2024/02/22 |
Ledger-cliによるNPO法人会計注記 – 使途制約のある寄付等 | 2024/02/15 |
Ledger-cliによるNPO法人会計注記 – 役員及びその近親者との取引 | 2024/02/02 |
Ledger-cliでNPO法人会計の可視化 — かんたん折れ線グラフ | 2024/01/29 |
小規模学会のためのLedgerポスティング例 — NPO法人会計基準に準拠しながら | 2024/01/25 |
NPO法人会計に準拠した財務諸表をLedger-cliで書く | 2024/01/21 |
Footnotes:
-
「災害支援」の他「教育費支援」とか「子ども食事支援」などの支援内容をタグの値で指定できます。 ↩︎
-
使途指定
を科目化しておくと、Ledgerデータファイルから使途指定された取引を抽出・集計するのが容易になります。 ↩︎ -
「使途制約のある寄付等の内訳」注記の作成には
使途指定
タグだけでなく、下位勘定科目として使途指定
があるほうが便利(後述)。 ↩︎ -
Ledgerで通貨記号を 円 にするだけなら、Ledgerファイルの最初のトランザクションで円表示すればOKです。しかし米ドルとの為替換算などが含まれる場合には`P 2024/01/31 円 0.00685 USD` などの価格設定行をトランザクションなどに記入することが必要です。詳細は公式マニュアルの 4.7.1 Transactions and Comments節を参照してください。 ↩︎
-
詳しくは Command-Line Accounting (5.8 Virtual postings Ledger) を参照してください。 ↩︎
-
しかし、
--empty
をつけても残高ゼロの勘定科目が表示されないことがあります。Ledgerでは、取引履歴のない勘定科目はbalance/registerで--empty
オプションを付けても科目名が表示されません。このことについてはGoogle Group(Getting balances of parent and empty/zero accounts)で話題になってはいますが、その後の展開が不明です。ちょっと込み入っていますのでここではとりあえずスルーしておきます。 ↩︎